アオトのコゴト

ここは文字に臆病になった僕が通う診療所

「北海道児童置き去り事件」でぼくがY君に抱いた恐怖について

こんにちは、アオトです。

3日前から風邪をひいていて、頭痛がひどくPCもスマホも長時間見るのがつらい。さらにこういうときの活字は余計につらい。そして今日、日曜日。頭痛はようやく回復した。はあしんどかった。でも喉がいてー。超いてー。ずっと我慢してる麦酒をいい加減飲みたい。あ、これもしかして飲んだら治る? 早く言ってよね。よし、本日解禁じゃ。

 

ほんじゃ、タイトルについて。

 

連日ニュースで報道されていた、北海道七飯町の山林で起きた児童置き去り事件。

言うことを聞かなかった子供、Y君(7歳)を両親が山道に車から降ろして放置。5分後に現場に戻ると少年の姿がなく、事件化。捜査員を200人動員、馬や警察犬まで引っ張りだしてきたにもかかわらず少年の行方は判らず。両親の証言にも疑わしい部分が多いことから捜査は迷宮入りが濃厚だったが、事態は急展開。6月3日朝、隣の鹿部町にある自衛隊演習場(行方不明現場から10km離れた地点)にて発見。少年にはやや衰弱の兆候が見られるものの、大きな外傷はないという。事件発生からおよそ6日後の朗報だった。

 

ってのがざっくりした概要。世間では親のしつけの限度、基準についてがもっぱら話の中心のようだけど、それは教育委員会とかその辺に任せておくとして…。ぼくがこの一連の事件で一番考えさせられたのが、Y君というひとりの「恐るべき少年」についてだ。ここからは全く信用ならないテレビ報道の情報のみからぼくが感じたことを書きます。なので情報に偏りがあるのはご愛嬌で。

 

この事件に関してぼくがY君の行動で気になったことは以下の3つ。

 

【1】両親から「置き去り」にされる直前に、石を他人や車にぶつけていた。

 

【2】6日間水だけで空腹をしのぎ、まだ寒さがはっきり残る北海道の夜を自衛隊演習場に放置されていたマットレスだけで5日間も切り抜けた。

 

【3】最初にたどり着いた演習場から移動しなかった。

 

以上。じゃあ具体的に。

 

まず【1】。このことからY君は相当なやんちゃ坊主だったことは容易に想像がつく。人に石をぶつけるって、しかも7歳がってさ、相当なストレスを抱えていたんだと思う。仮にこの行動を彼の最上位の、自分以外の何かに対する悪行だったとしても、他にも小さいイタズラは日々行われていたはずだ。だって、いつもおとなしい我が子がいきなり石つかんでボンボン周囲に投げ始めたら、親って怒りよりも前に心配するでしょ。

「Y、どうした? 何かいやなことあったの? お母さんに話して。お願い」とかが普通の流れだと思う。それが山道で車から降ろしたってことは……。

そんなイタズラが日常茶飯事で親がどれだけ叱っても、一向に改善の見込みがない。所謂、「手がつけられない」状態がずっと続いていて、両親にとっては悩みの種以外のなにものでもなかったんじゃないだろうか。前述に「ストレス」なんてかわいい書き方をしたけれど、7歳の少年の心の中に「悪事を楽しむ」感情が少しでも芽生えていたのだとしたら、親からしたらたまったもんじゃない。つまり、親・子ともに抱えていたストレスが爆発したのが今回の「置き去り」になったとしたら合点がいくとことろもいくつかある。

 

次に【2】。その放置された子供の勇気ある行動が、結果彼をまだこの世にとどめたことになる。これはすごいことだ。その辺でキャーキャー言ってる子供たちのすべてが彼のような行動を取れるかといったらたぶん無理だ。つまり、Y君には並外れた行動力と精神力が備わっていることになる。やんちゃ坊主のことだから、バカで力任せなのだとばっかり思っていたけど、この少年、頭も切れる。ここでぼくが心配になったのが、彼の行動の動機はどっちなんだろう? ということ。

「お父さん、お母さんの言うこと聞かなかったぼくが悪いんだ。でももう一回会いたい。家族も絶対悲しむ。まだ死にたくない。美味しいご飯が食べたい、友達と遊びたい、ゲームもスポーツもいっぱいしたい。まだ死にたくない。怖い怖い怖い。生きたい生きたい生きたい……」って感情だったとしたらまともでしょう。まだ希望がある。でもこういった「正」の力より「負」の力が大きかったとしたら。

「あいつら絶対許さねえ。こんな目に遭わせやがって覚えとけよ」「帰ったら何倍にもして仕返ししてやる。だからオレは絶対死なない。たとえ腹が減って意識がぶっ飛びそうでも、誰かがここに助けに来るまで生き延びてやる……」って思ってたとしたら。

彼が水道から流れる水を唇をあてる度に【屈辱】。薄汚れた、シミだらけのカビ臭いマットレスに挟まって天窓から落ちる月明かりを見つめながら【屈辱】。およそ児童離れした判断力・行動力の起源が狡猾で、煮えたぎる怒りからだったとしたら……。

 

そして最後に【3】。【2】ではちょっとマイナスに思考を傾けすぎた。【3】は、ぼくがそうやって「Y君がもしかしてヤバいやつなんじゃないか」って思ったきっかけの部分。

彼が寝泊まりしていたと思われる自衛隊演習場は、Y君失踪現場とされるところからおよそ10km離れた場所に位置する。ってのは最初に書いた。子供にしたら10kmって果てしなすぎる距離だ。けど、彼は置き去りにされた初日にここまで辿り着いている。つまり、がんばれば半日かからずしてどうにか歩けたということだ。初日で、雨風をしのげる場所と、水と、寝床を確保。そして、彼は発見される5〜6日間の間ここに留まる。

この、”留まる”という行動が子供っぽくない。とぼくは思った。だって、初日でここまで来たんだよ。だったら「ここよりもっといい場所があるかもしれない」って思わないかな。その演習場だって食料もなければ助けを求められる人もいなかった、つまり完ぺきではなかったはずだ。

「ぼくはここまで独りで来れたんだから、もう少し歩いてみよう。もしかしたらちょっと行った先に人がいて、ぼくを助けてくれて、お家まで連れて行ってくれるかもしれない」って思わないだろうか。

いや、結果そう思わなかったことが吉と出たんだけど。行動力抜群の少年がそこで疲れ果て、力尽きたためにじっとしていたとは思えない。ちゃんと判断したんだ。状況と環境を的確に読み取って「此処カラ動ク可カラズ」と判断したんだ。

これ、相当すごくないか。彼天才でしょ。っと思った。だから「ヤバい」はある種良い意味での「ヤバい」なんだけど、じわじわと「恐ろしさ」も感じるもやっとした気持ち。

 

で、【1】【2】【3】を振り返って結論、ぼくがいちばん心配なのはこの家族の今後だ。

まず両親はこの一件で相当参ってるはず。世間の目もいつまでも気になってしまうと思う。Y君に対して、申し訳ない気持ちと自責の念が絡まってしまうせいで、うまく叱ったりできずにY君の子育て、指導には今まで以上に苦労するだろう。

逆にY君のほうには「親に見捨てられた」という出発点から親と離れ、発見されるまで生き延びたという経験と自負が与えられた。これ、やんちゃ坊主にとって一番手にしてはいけない勲章じゃないだろうか。もう、Y君は無敵状態ですよ。なんでこんなことばっか言うかって? 懲りてるはずでしょって? 確かにそうだけど、その先の話ね。

 

もし、Y君が順調に快復して元気モリモリになって親もぼくに申し訳なさそうにしてるし以前と違って強く当たってこなくなったのを感じとって余計に悪さして石とか釘とかボンボン投げまくって、さすがにそれはあかんわY君って見兼ねた親が真剣に怒ってきたとしても、

「また、山に行くの?」ってY君の一言で、親はワンパンでしょう。もう手も足も出ねーよきっと。

 

この事件解決に対してネットでもY君に対して「よかったね」とか「がんばったね」とか「美味しいもの食べるんだよ」的な意見ばかりが目立つ。確かに、子供の命が助かったのは本当に良かったことだよ、これ以上ないよ。でも、ここまでだらだら書いたようなネガティブな結末が脳裏をよぎったぼくは、やっぱりまだ風邪気味なのかしらん。

考えすぎなのは、ぼくだけなのかなあ。